IB教育の好事例

IB教育は将来的に達成したい目標を実現に導ける学習環境

李 始恩さん

東京都立国際高等学校2018年度卒

李 始恩さん

都立国際高等学校を2018年に卒業後、University College Londonで学士号を取得、London School of Economicsで修士課程を終える。 現在、University of Oxfordの博士課程に所属し、夜間保育についての調査のため京都に6か月滞在中。

自分の考えを形成し、主張できるようになったIBでの学び

私は韓国籍ですが、東京で生まれ育ちました。両親が大学院での研究のために来日し、大学教員として日本に定住することになったからです。小中学は公立学校で過ごしましたが、母の提案で、新設された都立国際高校のIBコースを受験しました。両親の国際教育への熱意と自身の興味、小学生の時、1年間カナダ・バンクーバーで過ごしたことから、海外大学への進学の可能性に魅かれました。公立学校とは異なるIB教育は私にとても合った新しい学び方でした。この学びの経験は、今の研究にも活かされています。

IBではエッセイを書く機会が多く、先生方はただ調べるだけでなく「自分がどう思うのか」を深堀りするよう促してくださり、クラスの人たちとのディスカッションを通して、自分の意見を作り上げていく過程が新鮮でした。特に印象的だった『山椒魚』の日本文学の授業では、異なる意見を参考に作品理解を深め、感じたことや読み取りの裏付けをしながらエッセイを書くスキルを磨きました。歴史の教科に関しても、得意意識などはなく苦手な方でしたが、非常に興味深いものでした。年号や出来事の単なる暗記ではなく、なぜそのような出来事が起こったのかという視点で、考えを主張することに重点が置かれていました。世界史の課題では、膨大な文献を読む必要があり当時はとても大変でしたが、進学後に大学の授業の中で、IBの時に読んでいた本(ベネディクト・アンダーソン著、『想像の共同体』)が取り上げられることもありました。TOKでも特に宗教と科学のトピックについて、多様な意見について深く考えさせられ、そこで得た知識を踏まえて、日常生活や世界で起こっている出来事に対する自分の考えを形成し、主張を裏付ける訓練ができたと感じています。IBコースで過ごした3年間は、先生方にきめ細かな指導をしていただき、友人たちと切磋琢磨したかけがえのない時間でした。

卒業後はイギリスへ進学―学際的に横断する都市研究に専念

卒業後は、私と似た経験を持つ移民の方の多い国に行ってみたいという考えがあり、カナダの大学への進学を考えていましたが、社会学に興味を持ち始めた時に読んだ本の著者、アンソニー・ギデンズ教授が、後に修士で進学した大学に在籍されていたため、イギリスの大学に進学してみようと思いました。まずは、ロンドンにあるユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの都市研究の課程に進学し、そこで三年間学修した後、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで修士号を取得しました。
現在はオックスフォード大学の博士課程で研究をしており、現地調査のために京都市に6か月間滞在しています。私の研究は都市について学際的、横断的に研究する分野なのですが、学んでいく中で、福祉の地理学や夜間都市についての研究に興味を持ちました。夜間都市についての先行研究では繁華街や飲酒などに焦点が当てられていますが、夜間都市で起こる他の事象についての研究が少なく、この知識の空白を埋めるべく夜間保育や夜間労働についての議論に関心を抱きました。そこで、博士課程では、夜間都市という時空間でケア、特に保育がどのように経験・実践されているのかを探求することを決めました。

社会的アイデンティティについて繰り返し考える機会から、周縁化される人々に寄り添いたいという思いに

京都では、質的研究方法を用い、夜間保育を提供する保育所の園長先生、保育士、保護者の方々に対するインタビューを行っています。人文地理学的な視点から夜の保育園という場所について検証し、夜間都市で保育というケアの実践がどのような経緯で生成され、維持されているのかに関する研究に取り組んでいます。保育所の地域性や利用者の多様性(一人親でダブルワークをされている方、医療従事者の保護者、様々な時間の勤務体系の方)を考慮し、夜間保育にまつわる世論や先入観についても目配りしながら、様々な方の語りを軸に研究成果を発表したいと考えています。日本に戻り、イギリスの大学で私が置かれていた自由に自分の考えや主張を言い理解を深めていくことのできる環境とは少し異なる環境に違和感を覚えることがあります。これもまたIBやイギリスでの経験によって自分自身も変化した結果だと思い、改めて学習や研究の環境について考えさせられます。

この研究をするようになった経緯には、様々なきっかけがありました。外国籍ながら日本で育ち、過去に通っていた学校での「日本人だからもっておくべき教養」と言う言葉などに、自分のアイデンティティーを模索したり、日常の中で起こるゆるやかな周縁化について考える時期があったことも関係していると思います。高校に入ってからは様々な背景を持ちつつも、自分らしく生きる人たちとの学びを通して「マイノリティの排除」というテーマについて目を向けるようになっていきました。そこで、何らかの方法で様々な形で社会的に周縁化される人々に寄り添うことをしたいと日々考えていました。もう一つの契機は、私が学部生の頃、イギリス、ロンドンの夜道でSarah Everardという女性が命を奪われる事件があったことです。この事件を契機に「女性の夜の都市への権利」の保障を求めるデモなどがイギリス国内で再燃し盛んに行われていました。これをきっかけに私は70年代にリーズで始まった「Reclaim the Night」という運動について知り、夜の都市で活動する女性たちについて研究をしたいと思うようになりました。IBで積んだ経験から社会の動向を敏感に感じとるという習慣がついていましたし、その時ちょうど修士への進学を考えていた時期でした。

学業と様々な活動が力に。将来は学術的な分野で活躍したい

修士課程の時、アルバイトやロンドンの都市計画に働きかける地域組織でのボランティアなどを掛け持ちしていたため、勉強との両立は難しいものでした。IBの時も勉強以外の様々な活動に参加したいと思い、委員会や部活動に励んでいたため、課題を終えることに追われる日々でした。しかし、隙間時間を有効に使うというIBでの経験が、修士課程の多忙な日々を楽しみ、乗り越える力となっていたのだと思います。私の両親は大学教員をしながら私を育ててくれましたし、現在お世話になっている指導教員の先生方も子育てをしながら研究・教育をされています。そのようなロールモデルに囲まれた恵まれた環境の中で、私も研究活動を続けていきたいと考えており、将来的には大学や研究機関に勤め、研究・教育に従事したいと思っています。

IB生へのメッセージ

IBでの経験がなければおそらく海外大学に進学することは難しかったと思いますし、研究者の道を目指すこともなかったかもしれません。ここまでの学びの道のりを振り返ると、IBは私にとって当時漠然と持っていた将来の目標を実現させてくれた学習環境であったと感じています。課題も多く、大変な日々でしたが、私にとっては非常に充実した三年間でした。それらの困難を経て身についた力が、その後のステップアップに繋がったと強く感じています。国内の公立高校でそのような教育を受けることができたことは、私にとって大きな恩恵でした。それが広く普及し、より多くの人がIB教育を選択できるようになればと願っております。

IB修了生インタビュー_李さん記事PDF