IB教育の好事例

宮城県仙台二華中学校・高等学校 2023年3月卒
佐々木 怜美さん
宮城県仙台二華中学校・高等学校IB類型の1期生としてDPを修了、2023年3月に卒業。 現在は、横浜市立大学医学部医学科に在籍。
IBを通して身についた力
IBでの学びを通して、私は2つの力を身につけました。第一に、自己管理能力です。IBでは授業の中心が生徒同士の議論であり、毎日の予習が欠かせません。加えて複数科目のレポートやプレゼン課題、CAS活動が重なります。さらに私は母校の1期生だったため進路準備も自ら行う必要がありました。優先順位を見極め、タスクをためず、規則正しい生活を続けることで、時間管理はもちろん心身の健康を管理する力が身につきました。第二に、英語力です。帰国子女でもインター校出身でもない私にとって、英語での授業・試験・レポートは大きな挑戦でした。特に生物の専門用語に苦戦しましたが、日々英語を使い続けたことで、卒業時には授業理解はもちろん、外国人教員と価値観を語り合える力を得ました。
IBを通してどんな力やスキルが身につきましたか?
私は現在医学部2年に在学しています。多くの試験や実習に追われる厳しい毎日ですが、勉学を最優先にしたうえで、将来につながる活動にも取り組めています。これはIBで培った自己管理能力のおかげです。また、今年度は国際会議で司会を務める機会にも恵まれました。IBで常に“Comfort Zone”を越えて挑み続けた経験が、国際的な舞台でも挑戦を後押ししてくれたと感じています。
TOK(知の理論)で学んだこと
TOKでは、授業・展示・エッセイを通じて、社会の事象を概念化し、抽象的な問いに具体例を対応させる訓練を繰り返しました。問いに向き合う過程で、自分の知識や価値観の背景にある先入観に気づきました。議論を通じて友人の「正義感」がどのように形成されたかを知り、立場によって異なる正義が存在することも学びました。人の価値観の違いをそのまま受け止め、心を通わせようとする姿勢は、国内外の多様な人々と関わる上で欠かせません。17~18歳でこれを学べたことは、私にとって大きな財産であると考えています。
CAS(創造性・活動・奉仕)で印象に残っていること
私は9つの活動に取り組み、とりわけ2年間続けた子ども食堂でのボランティアが強く印象に残っています。月に一度、仲間と協力しながら100食以上のお弁当を提供する中で、主体的に動く姿勢を身につけました。さらに、幅広い世代の人々と交流することで、多様な価値観や生活状況に触れる機会も得られました。こうした経験を通じて、日本における貧困や、経済状況および家庭環境が健康に与える影響に関心を持つようになり、公衆衛生の視点から社会の不条理に向き合う医師を目指したいと考えるようになりました。そして、自主性が問われるCASを楽しみながら実行できたことは、大学での課外活動にもつながり、今の行動の軸にもなっています。
大学受験や進路選択で意識したこと
幼いころから医師を志していた私は、医師免許が国家資格であることから、日本の医学部進学を決意しました。ただしIBを利用できる医学部は限られ、高得点が必要でした。そこで最終試験前には得点獲得に集中し、終了後に面接や小論文へ切り替えました。志望理由書では「日本の一条校でIBを学んだ強み」を意識しました。1期生として進路開拓に困難はありましたが、IBの自由度の高さは自ら情報収集する姿勢を育てたと思います。
今後のキャリアについて
私は将来、医師として臨床経験を積んだのち、海外の大学院で公衆衛生学修士(MPH)を取得し、医療政策の分野で国内外に貢献したいと考えています。病気やけがをしたとき、誰もが「支払い可能な費用」で必要な医療を受けられること――これが「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)」であり、私はその実現に力を尽くしたいです。日本国内では、医系技官として限られた財源の中で持続可能な医療制度を守りながら、必要な改革に関わっていきたいと考えています。国際的には、WHOなどの機関で、医療制度が十分に整っていない国々の支援に携わることも目指しています。IBでの学びは、私の将来像に大きな影響を与えました。子ども食堂でのボランティア活動や、多国籍の先生方との対話を通じて、国内外に存在する健康格差や医療アクセスの違いに気づくことができました。さらに、IBを通して物事を客観的にとらえる力が養われ、自分の努力だけでなく、恵まれた環境に支えられて医学部に進学できたことを実感しました。だからこそ、社会の仕組みによって苦しむ人々を支えたい、格差の是正に取り組みたいという思いが、今の私の原動力になっています。
IB校で過ごしたなかで、特に心に残っていることは?
IBでの学びは困難の連続でしたが、常に先生や仲間が支えてくれました。高校3年次には医学部出願に必要なスコアに届かず、条件付き合格を失い、人生で初めての挫折を経験しました。それでも卒業後の1年間、母校に通いながらRetakeに挑戦し、後輩の授業サポートにも関わることで、再び前を向くことができました。スコア発表の翌日に丸一日慰めてくれた先生、化学の質問に毎日何時間も付き合ってくれた先生、大学の合間を縫って会いに来てくれた同期、先輩として私を必要としてくれた後輩──彼らの存在があったからこそ1年間を乗り越えられたと思います。合格を伝えたときには自分のことのように喜んでくれました。
今でも帰省のたびに必ず母校のIB棟を訪れ、先生方や後輩たちと顔を合わせています。最近は、外国人教員の母国を実際に訪ねて案内してもらうなど、IBを通してかけがえのない仲間ができたことを実感しています。少人数だからこその手厚い支援や、人と人との深く温かな関わりは、私の中で今も変わらぬ大きな力になっています。
最後に:宮城から広がる学びの環 ──支えてくれた方々へ感謝を込めて
IBで学んだ2年間、そして大学進学のためにもがいた1年間――この3年間がなければ今の私はいません。1期生として勉強方法も進路選択も模索した日々は大変でしたが、公立高校でありながら世界に開かれたIBの学びに触れられたことは非常に恵まれた経験でした。
IBは合う人・合わない人がいるのも事実で、進路選択の難しさに直面することもあります。それでも私は日本の教育の中でIBがもっと身近な選択肢になることを願っています。なぜなら、IBでの日々は視野を広げ、一生の財産になると心から実感しているからです。
当時は「海のものとも山のものともつかない」IBを選んだ私の決断を尊重し、大学合格まで支えてくれた家族、IB導入を実現し環境を整えてくださった先生方への感謝を胸に、今後もIBの学習者像“Risk-takers(挑戦する人)”の精神で挑戦を続けていきたいと思います。