IB教育の好事例

DPで広がる視野 ―自分を知り、未来を描く学び―

田浦 怜花さん

The International School of Amsterdam 2008年度卒

田浦 怜花さん

2008年6月にInternational School of AmsterdamのIBDPを修了し卒業。慶應義塾大学、東北大学大学院を修了後、株式会社三井住友銀行に入社。その後、アフリカ開発銀行への転職を経て、現在はImperial College Business Schoolに在学中。Master of Business Administrationを専攻。

友人と切磋琢磨したいという思い

 私が通ったオランダのInternational School of Amsterdamは歴史のあるIB校の1つです。私は同校のMiddle Years Programme(MYP)から転入しましたが、その際の転入理由は「国籍の異なる友人が欲しい」という単純なものでした。進学の際、高等部では迷わずDiploma Programme(DP)を選択しました。周りの友人や諸先輩からIBのDPはカリキュラムが充実しており非常に忙しいと事前に聞き少々不安はいだいたものの、これまでの同校IB修了生の国内外での進学実績や勉学の日々を支えてくれる熟練の教師陣やスクールカウンセラーの存在は、DPを選択するうえで心強いと感じました。また、中等部から共に進学する友人の9割超がIBDPを選択しており、彼らと引き続き切磋琢磨したいという思いからDPを選択しました。

「自分とは何か」「自分の得意なことはなにか」「自分は何を得たのか」

 私が受けたIB教育の記憶のほとんどはDPについてなので、ここではDPの授業の特徴に触れたいと思います。まず場所がInternational Schoolであったため、Language Aで選択した日本語の授業以外は全て英語で行われました。与えられる宿題を通して授業内容への理解を深めることは通常の高校と変わりませんが、自身の考えをまとめるエッセイやレポート課題が頻繁にあったことを記憶しています(日本語と英語の両言語)。また後ほど詳しく触れますが、DP特有の授業及び活動として、Theory of Knowledge(TOK※1)という哲学の授業とCreativity、Activity、Service Project(CAS※2)という課外活動についても意欲的に取り組みました。DPでは必要な学力を鍛えることは大前提にありますが、学びを活かして自分の考えを持ちそれを伝える力、そして校内だけでなく校外へも意識的に目を向けるように促されました。このプログラムを通して、私は「自分とは何か」「自分の得意なことはなにか・強みは何か」「この活動を経て自分は何を得たのか」等の内省を促す自問自答を常に行っていました。
※1:IBDPのコア科目の一つ。 「知の理論」(theory of knowledge)は、「知識」の本質とはなにかを学ぶ教科。
※2:IBDPのコア科目の一つ。 創造的思考を伴う芸術などの活動、身体的活動、無報酬で自発的な交流活動といった体験的な学習に取り組む。

成長は視野が圧倒的に広がったこと

 DPを経て得た成果であり成長は、私の視野が圧倒的に広がったことです。DP関連の諸活動や周りの友人や教師とのコミュニケーションを通じて、自身の興味・関心が日本の外へも自然と広がりました。例えば、DPの課題の一環でオランダ国外に赴き、スペイン・マドリッドの都市の発展を調査したり、イギリスに美術を学びに行ったことは、異なる国や文化を身近に感じる貴重な経験になりました。また、CASとしてタンザニアで1か月間にわたり現地でボランティア活動に携わったことは、私が開発途上国の暮らしに触れた初めての経験になりました。驚き・感動・悔しさ・焦りなどのあらゆる感情と共にこれまでの自らの先進国での暮らしとの差を実感し、不平等、性差別、貧困といったグローバルな課題への関心が高まりました。後述しますが、DPを通して得たこの経験が、今日まで続いている私のキャリア観の基礎を作っています。

困難に直面した時こそ積極的に相談することの大切さ

 IBのDPは課題の量が膨大で尚且つそのほとんどを英語でこなすため、英語を母語としない私は課題のスケジュール管理に大変苦労しました。DPでは主に主要6科目に取り組みますが、2年間を通して常時複数のレポート課題を終わらせるべく私は連日深夜まで机に向かっていました。特に「あなたの存在価値は何か?」と題する哲学的で馴染みのないTOKのエッセイ課題では、考えれば考えるほどに深みにはまってしまい、上手く自身を表現できずに苦しい思いをしました。周りの同級生が早々に課題を提出しCASや部活動などに勤しむ一方で、筆がなかなか進まない私はひたすらに焦っていました。そこで私は、TOKの担当教師と1対1の面談を複数回アレンジし、私の考え方を伝える方法などについて個別指導を受け、なんとか納得感のあるエッセイを仕上げることができました。DPを通して、困難に直面した時こそ周りの人に積極的に相談することの大切さを学びました。

大学受験に適用した考え方の「型」

 DPの2年間を通して行われるレポート課題と最終試験の結果は、全世界の様々な大学の入学受験資格として活用することができます。私はDPの成績を活用し、日本の大学の帰国子女入試を受けました。当時の帰国子女入試では小論文と面接がメインの課題で、小論文では、例えばとある社会問題に対する自分の考えを時間内に起承転結を意識した構成で書くことが求められました。DPでは常に自身の考え・意見を持ち、それを発信することが求められてきたため、大学受験に適用した考え方の「型」と小論文のルールを身に着けることで、日本での受験に対応することができました。また、受験大学との面接では、志望動機や将来展望などのオーソドックスな質問に対して、IBでの経験やそこから得たものに触れつつ、ユニークな回答を心がけました。

今でも活きているDPで得た力

 私がDPを通して得た「異なるものや新しいものを受容する力」と「主体性をもって挑む力」は、DPを修了して10年以上経った今日でも活きています。例えば、社会人として働く中で、1人ですべてを遂行することはできる案件は稀で、必ずと言っていいほど同僚・上司・取引先などの複数の関係者がいます。関係者間に利害関係がある場合には、異なる目的があるため、時に難しい要求が投げかけられる場面もあります。そのような時に私は、直ちに相手方を拒絶するのではなく、まずはその要求の背景を理解する努力をしています。そのうえで自らの目的と擦り合わせ、どの程度その要求を受け入れることができるのか吟味することにしています。必要に応じて同僚や上司、部署を跨いで必要な対話を主体的に行い、案件に関わるすべてに人にとってできるだけ良い結論が出せるように心がけています。

学ぶ機会と環境は確実に学生の世界観を広げるもの

 IBのDPで学ぶことは、日本の学生の視野を広げ、将来IBを修了した後に「自分は何者」で「自分は何をやりたいか」という問いに対して真伨に向き合うきっかけを与えてくれるものだと思います。私自身は、IB教育を経て自身の世界観が広がり、IB修了後に自身がやりたいことが明確になり、それに向けて具体的な道筋を整えることができました。
 私はCASとして携わったタンザニアでのボランティア活動を通して、人々の暮らしや文化、そこにある苦労や希望を肌で感じる経験をしました。この活動を通して、私は将来的に途上国開発に携わることで人々の生活の質を向上させたいと思うようになり、その後の大学・大学院・社会人として学びと職歴を重ねています。銀行員や国際公務員として働いてきた日々では、周りとの考え方の差異を受容したうえで主体性をもって動くことで、同僚や取引相手などと円滑にコミュニケーションをとり、途上国の開発に貢献できていると感じることができました。そして現在は、今後より一層開発に深く携われるようにイギリスの大学院で学んでおり、更なるキャリアアップを目指しています。ボランティアをした原体験は今でも時折振り返ることがあり、当時「やりたい」と思ったことが現在にまで繋がっていることを実感しています。
 もちろんIB校へ進学することで、必ずしも上記の問いに対する答えが見つかるわけではありません。しかし、IB校が整えている学ぶ機会と環境は確実に学生の世界観を広げるもので、そこでの学びは修了後にも豊かな経験として心に残るものだと私は確信しています。

乗り越えた経験が己を支える自信に繋がった

 IBのDPで学んだ経験は、現在の私を作るうえでかけがえのないものです。異なる背景をも友人や教師陣との関わり合いのから多くを吸収できたことは間違いなく貴重な経験ですが、それ以上に異文化の中で自分自身を見つめることができたことこそが肝要だったと思います。異文化に触れながら厳しいDPを乗り超えたことは、その後の己を支える「自信」に繋がり、今も挑戦を続ける私の背中を押してくれています。
 共に切磋琢磨しIB教育を乗り超えた同級生たちとは、修了から10年以上経った今でも、たびたび近況を報告し合う仲です。同級生たちは今や全世界に散らばり、グローバル大手企業社員、起業家、医者、アーティスト、俳優など、その活躍する領域は様々ですが、思えば皆IB教育を通して学んだことやその時に描いた将来像に近しいことをやっているように思います。
 IB教育には、個人の最も重要かつ多感な時期の学びを充実させるだけでなく、修了生のその後の人生においても一個人の人生を豊かにする影響力があるように、私は修了生の一人として思います。

Vol.14_IB修了生_田浦さん