IB教育の好事例

「バイオリンは僕にとって思考するきっかけ。生涯バイオリンを探究していく人になりたい」

田中翔大さん

市立札幌開成中等教育学校 2023年度卒

田中翔大さん

2023年度に札幌開成中等教育学校を卒業。2024年9月からアメリカのスタンフォード大学に進学予定。常に自分と共にあるバイオリンを、広い学術分野でさらに探究しようと臨む。

正解が一つではないというのが面白い。そういう問題を作る学校での教育とは?

札幌開成を受験しようと決めたのは、入学試験である「適性検査」に興味を抱いたことがきっかけでした。僕は4歳の頃からバイオリンを演奏しており、小6の時には初めて出場したコンクールの全道大会で優勝しました。バイオリンの練習も忙しく、中学受験はあまり考えていなかったのですが、そんな時、札幌開成の適性検査における「正解が一つではない問い」に惹かれました。問いに対して多角的な視点から思考を巡らせることは面白く、父と1つの問題について一日中議論したこともありました。今まで考えたことのないような「ものの見方」が得られる学びの過程がとても楽しく、札幌開成の課題探究的な学びを通して、もっとたくさんの人と議論して多様な考え方を知りたいという思いが湧いてきました。IBがどんなプログラムなのかその時は、はっきりとはわかっていませんでした。

バイオリンを学問の探究の中心に

中学1年生から高校1年生までのMYP(Middle Years Program)の授業では、各教科で抽象的な問いが提示され、レポート課題に取り組んでいきます。課題に取り組むことを通して、様々な分野と自分の大好きな「バイオリン」がつながっているという事を実感してきました。札幌開成に入学する前はバイオリンを学問的に見ることなど考えたこともありませんでした。中学3年生の時に思いきって全ての学校の課題をバイオリンに結び付けてみよう!とこだわりを持って取り組み始めました。すると、様々な教科とバイオリンのそれまで想像もしていなかった関係性が見えてきたのです。例えば、物理では、「摩擦」をテーマにレポートを書くという課題が出ました。テーマの例としては、札幌のツルツル滑る路面に撒く「滑り止め」などが挙げられていましたが、僕は真っ先に「バイオリンと松脂」の関係性について研究しました。このレポートをきっかけとして、バイオリンの物理学に大きな興味を抱きました。それからもバイオリンと数学、バイオリンと物理、バイオリンと家庭科、体育、生物、化学に至るまで、大好きなバイオリンは幹となって、そこからありとあらゆる学問分野へと枝を生やしてくれました。それまであまり興味の持てていなかった教科なども、自分の好きな「バイオリンを知るための視点を提供してくれるもの」と捉えるようになり、勉強が大好きになりました。

知りたいという思いが「学び」と「人」につながる

MYPの最終課題であるパーソナルプロジェクト(PP)ではバイオリンの演奏法について、物理学的な観点から考察を発展させて英語で論文を書きあげました。高校1年生で論文を英語で書きあげた経験は大きな自信となりました。

高校2年生になり、DP (Diploma Program)に進むことを決めました。DPに進んだのは、MYPで経験した課題探究的な学習が楽しく、もっとバイオリンについて様々な教科の観点から考えたいと思ったからです。そこでハードルになるのは英語の勉強です。英語の勉強についてもバイオリンと結びつければ楽しく学べるのではないかと考え、バイオリンに関する英語論文を読むという勉強法を編み出しました。また、バイオリンの物理を研究しているイギリスの大学の教授の個人ブログを読み、疑問に思う点や自分の研究について知りたい事があったら、思い切って教授にメールで連絡し、学びを深めていきました。教授はとても優しく、いつも丁寧な長文の返答があり、現在でもやり取りが続いています。

同時に、PPで取り組んだ研究をさらに発展させたいと思い、東京大学のGSCプログラム(UTokyoGSC)に応募し、研究を続けました。研究はバイオリンの演奏法の一つであるハーモニクス奏法に関する研究です。非線形振動を専門とする東大の教授と研究を進め、数理の目から見えてくるバイオリンの世界に、より一層魅力を感じていきました。研究を学校外で発表する機会にも恵まれ、アメリカ・ダラスで開催された「国際学生科学技術フェア(ISEF)」で、アメリカ音響学会の最優秀賞をいただくなど、国内外で評価をいただきました。身近なバイオリンに対する経験から生じた「なぜこの現象が起きるのだろう」という素朴な疑問から、見えてくる世界がさらに広がっていきました。

自由で柔軟な学びのある環境を求めて、アメリカへの進学が視野に

大学進学を決める際、最初は日本やイギリスの大学も視野に入れて調べていました。僕の興味のある分野を専門とする教授が所属する大学に進学することを重視して考えた時期もありました。しかし、高校生で研究活動に取り組んだ経験から、今の時代は、地理的に離れていても世界中の方とオンラインで連絡が取れるので、専門的な事を学ぶために必ずしもその先生がいる場所に行かないといけないという制約はなくなっていると考えました。ならば、新たな学問分野と新たな人との出会いを求め、まだ見たことも聞いたこともない探究がしたいと考え、学際性を重視するアメリカの大学に惹かれていきました。アメリカの大学では、音楽学部が総合大学の中にもあるというのが日本の一般的な大学とは大きく異なる点です。そんな中でもスタンフォード大学を選んだのは、音楽と音響のコンピューター研究所(CCRMA)があることを知ったのが理由の一つです。このような学際的研究機関がある大学には、同じく学際的な視野で活動に取り組んでいる先生や学生が集まると考え、そこに魅力を感じました。

将来の夢と言うと、具体的な職業はまだ考えてはいませんが、バイオリンは調べれば調べるほど奥が深く、いつも驚かされてばかりです。「生涯バイオリンの探究者でいる」ということは大切にしたいと思っています。あえて職業と結びつけるならば、研究者になるかもしれませんが、大学に行ったら起業家という選択肢も出てくるかもしれません。奨学金もいただくことができ、海外に進学できるというのは本当に幸せなことだと思うので、将来はこれまで僕に関わってくださった多くの人に還元していきたいです。

IB生へのメッセージ

みなさん「バイオリン」と聞くと、「音楽」という教科を直接的に結んでしまうかも知れません。しかし、教科というものはあくまで「ものの見方」を提供するものであり、対象そのものを定義するものではないと思います。バイオリンを数学的に見ても、生物学的に見ても、体育学的に見てもいいのです。すると、対象がさらに豊かにみえてきます。

こういった教科の枠組みを超越した考え方というのは、一方的に教えられる知識からは生まれにくいと感じます。IBの課題探究的な学習は教科横断的な探究の「きっかけ」を提供してくれます。あなたの好きなものやことは何ですか?新しい世界を見る眼鏡はすぐ近くに置いてあります。手にとってかけてみるかどうかは自分にかかっています。

修了生インタビュー(田中さん)